第3回 堤 信子さん

連載 その人とモンブラン

第3回 堤 信子さん

堤信子(つつみ・のぶこ)
フリーアナウンサー。昭和女子大非常勤講師。福岡県生まれ。青山学院大学経済学部を卒業後、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社。95年同放送局を退社し、フリーに。『スームイン!!SUPER』(NTV)、『はなまるマーケット』(TBS)、『あさ天5』(日本テレビ)、『おはよう!世界のトップニュース』(NHK-BS)などのレギュラーを務めた。TV、ラジオ、講演、司会など幅広く活躍中。エッセイストとしてWEBや紙面での連載も手がけ、著書に『堤信子の暮らしがはずむちょっといい話』(実業之日本社)、『ありがとうの届け方』(主婦と生活社)、『旅鞄いっぱいのパリ・ミラノ』(本の泉社)、『旅鞄いっぱいの京都・奈良』(エイ出版社)など多数。最新刊は『100人中99人に好かれる ありがとう上手の習慣』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

 

父の書斎が遊び場だった

わたしが今のように文房具を好きになったのは、亡くなった父親の影響が大きいと思います。小さい頃から父の書斎が大好きで、憧れの場所でした。父の書斎は三面が本棚になっていて、ぎっしり本で埋まっていました。若い頃から本を読むのが好きだったようで…いわゆる文学青年だったんだと思います。日本の小説はもちろん、詩集やロシア文学などもずらりと並んでいました。机の上にはタイプライターや万年筆が置いてありました。それらは文具というより、「大人の道具」に見えました。その頃父が使っていたホチキスが今も手元にあるのですが、どこも壊れていなくて、ちゃんと使えます。日本の文具って丈夫で優秀なんだなあってそのホチキスを見る度に思います。文房具と同様に、紙も好きでした。触り心地もですが、とにかく紙をめくる音が好きで。本のページをめくる音、原稿用紙にペンを走らせる音…、五感の中でも特に聴覚で快感を感じるタイプなのかもしれません。そういえば小さい頃は包装紙も好きでした。近所のスーパーに行くと、当時はレジ袋ではなく、買った物は包装紙で包んでくれたんです。ちょうどレジ台が目の高さになるので、自分の目の前で包まれて行く様子を見るのが楽しくて、じっと張り付くようにして見ていました。あまりにも包装紙が好きだったから、その頃は大人になったらスーパーのレジ係になろうと思っていたくらいです(笑)。 学校に行く年齢になると、自分の文房具にも凝るようになりました。とにかく文房具が大好きなこどもでしたね。当時はキャラクターのついた筆箱や鉛筆が人気でしたが、父親の影響か、わたしは渋い物が好きでした。友達とお手紙交換なんかも盛んにやっていたので、色んな可愛い便箋を買ってせっせと書いていましたね。

海外で出会った「本物」の魅力

そんな風にずっと文房具好きではあったのですが、高校時代に決定的な出来事がありました。その頃初めて海外に行ったのですが、泊まったホテルにライティングデスクがあったのです。デスクの上にはホテルのマークがエンボスで入っているオリジナルのレターセットや、ペンスタンドが置かれていました。それを見て「これだ!」って、いっぺんに魅了されてしまって(笑)。高校3年生でホームステイした時も、海外の文房具にはまって、色々集めましたね。その頃からオリジナルの判子を作ったり、透かしの入った便箋を買ったりして、ファンシーな物ではなく、大人の文房具にさらに夢中になって行きました。とにかくホテルで見た「ペンスタンドのある風景」に憧れました。ペンスタンドからペンを取り、文字を書いてまたペンスタンドに戻すという一連の仕草がなんとも美しく思えて、自分でも欲しいと思いました。ずっと後になりますが、念願叶ってモンブランのペンスタンドを買いました。多分50年代〜60年代くらいのアンティークなので、本体もサイズの合うペン先の太い物を探しました。この時代特有のどっしりした存在感が気に入っています。 万年筆は数十本持っています。頂く事も多いですが、どれも一度は必ず使う事にしています。とっておきの物はおろす日時を決めて使ったりもします。反対に、これは自分よりあの人に使ったもらった方がいいな、という万年筆はお嫁に出す事もあります。見た目の印象からか、華奢なボディの物が合うと思われますが、わたし自身は太くてどっしりしたボディの万年筆が好きです。愛用しているモンブランの万年筆もみんな太いタイプの物ですね。父親の形見の万年筆もあります。ペン先にプラチナの入った物で、今はないデザインですが、いかにも父好みという感じで大切に使っています。 文房具には色んな物があって、今は100均でも色んな物が買えますし、便利グッズのような面白い物もあります。もちろんTPOでわたしも使いますが、基本的にはオーソドックスで、一つ一つにストーリーやブランドの背景が伝わる物が好きですね。高価であれば良いという風には思いませんが、良い物を使うことによって自分が成長するという事はあると思います。

アナウンサーの必須道具!?

アナウンサーや司会の仕事をしていると、直前になって急に台本に変更が入るということがあります。特に生放送で失敗は許されないので、必死で対応します。わたしは生放送の仕事が多かったので、現場で随分と鍛えられましたが、そんな切羽詰まった時、実は文房具に大いに助けられています。台本に変更点を書き込みするのはもちろんですが、進行がガラリと変わってしまった場合は、台本をバラバラにして順序を入れ替え、自分専用の台本を作る事もあります。とにかく読み間違えるわけにはいきませんから、ぱっと見て分かりやすい状態にしておく事がとても大切なんです。そこで活躍するのが三色ボールペンです。これはアナウンサーなら誰もが持っているんじゃないでしょうか。他にも蛍光ペン、セロテープ、付箋、糊、はさみ…これらの文房具は必ず現場に持って行っています。もはや単なる文房具というより、プロの仕事を支える仕事道具といった存在ですね。

書くだけでなく、心を伝える道具

文房具好きだとその気持ちが伝わるのか、素敵な文房具と思わぬ出会いをすることもあります。先日もこんなことがありました。ミラノに1軒、有名な万年筆サロンがあります。それこそ世界中から万年筆好きが訪れるようなお店です。わたしもミラノに来た時は必ずこの店を訪れ、1本いつも記念に万年筆を買って帰ることにしています。ここでもやはり一番人気はモンブランですが、イタリアらしい華やかな色の万年筆もたくさん扱っていて、見ているだけでも楽しいお店です。その時も、さあ、どれを買って帰ろうかな…とショーケースを眺めていたら、ミスター万年筆と呼ばれている店主の方が、ショーケースに出していない物があるけど、と言って、奥から珍しい万年筆を出して来てくれたんです。それは、イタリアで魔除けといわている唐辛子のモチーフがクリップのところについているイタリアメーカーのペンで、日本でボディが赤のものは見たことがあるのですが、ご主人が出してくれたものは、ボディが白色のかなり珍しい種類。万年筆好き同士、気持ちが通じたんでしょうか。とっておきの万年筆をわたしのために出してくれたのが嬉しかったです。この万年筆は自分のために買いましたが、贈り物に文房具を選ぶことも多いです。女性にはレターセットなど、その方が持っていないような物を贈ることもあります。メールの時代ですが、わたしが贈ったことによって、手紙を書いてみようかな、って思ってもらえたら嬉しいですね。一方、男性には「こういう物を持っていて欲しい」と思う物を贈ることも多いです。ちょっとこだわりがあったり、遊び心が入っている文房具を持っている男性って、どこか魅力的に見えませんか? 男の色気って、派手なジュエリーなどより、実は文房具で出せると思っています。特にモンブランは誰もが知っている高級ブランドですが、知的な印象が強いので、男性が身につけるアクセサリーとしてぴったりだと思います。洗練された知的な人というイメージだけでなく、信頼できる人というイメージも与える事が出来るんじゃないでしょうか。質のいい文房具を持っていると、細かいところまでお洒落な人と印象づけることも出来て、株も上がります。使っている文房具が会話の糸口になることもあって、罪のない小道具というか、コミュニケーションツールにもなりますよね。 今はメールで用件を済ませる事も多いですし、カジュアルなボールペンやサインペンも使います。けれども、ここぞ、という時には、やはり良い万年筆を使います。例えばお礼状を出す時は、極上の1本で書くようにしています。文字を書いている間って、手元が目に入りますよね。書き心地の良い大切な万年筆を見ながら書いていると、自分自身も心地良いですし、送り手に対する敬意も丁寧に込めることが出来ます。それがモンブランだったら、申し分ないと思います。万年筆の役目は文字を書くことですが、同時に心も伝える道具だと思っています。