第1回 立花隆さん


連載 その人とモンブラン

第1回 立花隆さん

立花隆(たちばな・たかし)
1940年長崎県生まれ。ジャーナリスト・ノンフィクション作家・文芸評論家。本名、橘隆志。1964年東京文学部仏文科卒業後、文藝春秋に入社。2年後に退社し、東京大学文学部哲学科に学士入学するとともにフリーライターとしての活動を開始。現在、東京大学大学院情報学環特認教授など。主な著書に『田中角栄研究』(文藝春秋読者賞)、『脳死』(毎日出版文化賞)、『ぼくはこんな本を読んで来た』、『臨死体験(上)(下)』『サイエンス・ナウ』など多数。最新作は『自分史の書き方』(講談社)。
 

【原稿は専用の原稿用紙に】

原稿は200字詰めの原稿用紙を使って手書きで書いています。出版社はどこも自社専用の原稿用紙を作っていますが、僕は自分専用の原稿用紙を使っています。一番書きやすいと思った出版社の原稿用紙を土台にし、そこに自分なりの工夫をして作ったオリジナルです。紙は紙問屋から直接買います。沢山の種類の中から気に入った物を選びましたが、万年筆で書いた時に書きやすい紙と、ボールペンで書きやすい紙とでは全く違うので、紙質の違う物を何種類か作っています。

このようにある程度、筆記具にはこだわっていますが、記者時代は取材先の机もない場所で、膝の上に紙を置いて書くという事もよくありました。今も、文字を直したい時は消しゴムや修正液などは使わず、二重線などで消して横に書き直します。大幅な修正や書き足しをしたい時は、欄外に書く事も多いです。そのため僕の原稿用紙は、上と横のスペースを多めに取ってあります。

【ワープロから手書きへ逆戻り】

実は一時期、ワープロを使っていた事もあったんです。でもこれが、あまり良くなかった。何が良くないって、直しが上手くいかないんです。手書きの場合、一つの原稿に何回か直しを入れても、その過程が誰の目にも分かります。けれどもワープロだと綺麗に直されてしまうので、どう直したかが分かりにくい。だから結局手書きに戻しました。とはいえ今、若い人で手書き原稿の人はほとんどいないでしょうね。クセ字がひどい人だと、編集者も困りますし。今も何人かいますが、悪筆で有名な作家には、その人の字を間違いなく読める編集者が担当になるんです。僕もクセの強い字を書くので、担当する人は大体決まって来ます。そうじゃないと読み間違えられてしまうから(笑)。

週刊誌の場合、原稿用紙の種類だけでなく、原稿を仕上げるまでの作業も出版社によってかなり異なります。大体、編集者の下に書くための材料を集める人と、それを書く人がいて、それぞれの仕事をするのですが、書く内容をライターに一任する会社もあれば、編集者が記事のコンテンツまで作って、原稿の内容を細かく指定する会社もあります。この記事はこういう流れでこの材料を使って書くようにと決め、ライターはそれに沿って忠実に書くというシステムです。講談社などはこのやり方ですが、僕がいた文藝春秋はライターに任せるやり方だったので、最初は仰天しましたね。

【日本語は常に変化している】

日本語は縦書きが良いと言いましたが、言葉自体はどんどん変化しています。それは今に始まった事ではなく、太古の昔からです。例えば、日本書紀や古事記などのうんと古い書物を読むと、半分が返り点も送り仮名もない、漢字だけで出来た白文と言われるものです。それを日本語だとして当時の日本人は読んでいたのです。発音は日本語なわけですから、随分と複雑なことを昔の日本人はしていたんですね。その後、平仮名が生まれます。現代人の多くは、仮名文字が入った、例えば平安文学のようなものを日本語のルーツのように思っているかもしれませんが、その前は全て漢字の文を日本人も読んでいたのです。

最近の研究で、日本書紀の時代の人々は、今の我々とは違う発音で文字を読んでいたという事も分かって来ました。その頃の方が今より日本語の音の数が豊かで、同じ漢字でも、書き方によって発音が変わる文字があったようです。ちなみに日本書紀は一人の人間が書いた物ではなく、実は二人の人間によって書かれていたという事や、更にそれを別の人が直していたという事も分かっています。このように、現代の言葉は乱れているとか、変化が激しいと言われますが、太古の昔から日本語の大きな変化というのは何度も行われています。人間の美醜に対する価値観などと同様、言葉も常に時代によって変化しているのです。 僕自身はそんな変化をむしろ楽しむタイプです。言葉に限らずあらゆるものが変わって行く事は面白いと思います。未知の事を知るのが好きなんです。常に新しい分野に関心を持つのも、新しい事を知りたいという好奇心が強いからかもしれません。

【文章上達法は「見比べること」「手を入れること」】

今はパソコンで原稿を書く人がほとんどになり、しかもその多くは横書きで書いているようですが、僕は、日本語の原稿を横書きで書くのは良くないと思っています。英語が多い文章や数式が多いサイエンス系の原稿なら仕方ないですが、一般的な日本語の原稿は縦書きで書いたほうが良いと思っています。日本語はそもそも縦書き用に作られているので、それを横書きすると文章を作る感覚も違って来ます。横書きで印刷されるならまだしも、大体は印刷されると縦書きになるわけですから、初めから原稿も縦で書いた方がいいんじゃないかと思うんです。

僕は小さい頃から文章を書くのが好きだったので、世の中に文章を書けない人がいるという事が信じられないくらいでした(笑)。とはいえ、その一方で、文章を書くのが苦手だったり、どうしても上手く書けないという人がいるのも事実です。そんな人は、僕が実践している方法を試してみるといいでしょう。どんな人も今より確実に上手な文章を書けるようになれます。まずは、自分が書いた文章と、上手な人の文章を見比べてみることです。そうすると、おのずと自分の文章のどこが駄目なのかがハッキリと分かります。二つを並べて見比べるのがポイントです。

もう一つは、書いた原稿を何度も書き直す事です。これは長い文章だけではなく、短い文章でも同じです。僕自身も原稿は何度も書き直します。もちろん、頭から最後まで全部書き直すという意味ではありません。ちょこちょこと直しを入れ、それをもう一度、頭から最後まで読み返してみるのです。そしてまた気になったら、直す…これでいいと納得するまでは、延々とこの作業の繰り返しです。上手な文章に仕上げるために、この作業は不可欠だと言えるでしょう。僕は直すたびに原稿にバージョン1から2、3…と番号をつけていますが、ほとんどの原稿がバージョン20以下になる事はありません。そのため、時間もかかります。

例えば最新刊の『自分史を書く』ですが、この本の土台になっている講義は2008年に行われています。そこから原稿にし、出版されるまでに丸5年かかっています。その間、何度も直しを入れ、読み返してはまた直し、という作業を何十回と繰り返しました。一般の人が本を一冊書く機会はそれほどないと思いますが、たとえ短い文章でも、このやり方を試してしてみるだけで、格段に良い文章になります。とはいえこれはとても面倒な作業なので、途中で投げ出したくなる事もあると思います。そんな時、パソコンであっても万年筆であっても、手に馴染んだ使いやすい物を使うと、多少は気分良く出来るんじゃないでしょうか。