佐々木俊尚さん 第3回:Doubts and Failure

第3回:Doubts and Failure

佐々木 俊尚(ささき・としなお)

作家・ジャーナリスト。

1961年兵庫県生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。 毎日新聞社、月刊アスキー編集部を経て2003年に独立し、IT・メディア分野を中心に取材・執筆している。「21世紀の自由論〜 『優しいリアリズム』の時代へ」「レイヤー化する世界」(いずれもNHK出版新書)「家めしこそ、最高のごちそうである。」(マガジンハウス)「キュレーションの時代」(ちくま新書)など著書多数。総務省情報通信白書編集委員。

独立した直後は雑誌全盛期

2003年から独立して仕事を始めました。もともと新聞社から出版社に転職する時、長期的にはフリーランスに、と考えていたので、これは自然な流れだったと思います。

 当時は雑誌が元気でした。2000年代最初の約10年は、IT分野を中心に取材していた元事件記者の私にとっては、能力や関心を生かせるテーマがたくさんあったと思います。

堀江貴文さん率いるライブドアがニッポン放送買収を試みたのもこの時期です。当時、六本木ヒルズにはIT企業の経営や株価上昇で財産を築いた「ヒルズ族」と呼ばれる新興のお金持ちが集まっており、私も、そうした人々を取材しました。その後起きたライブドア事件についても、みなさんご存知の通りです。

リーマン・ショックで仕事の方向性を変えた

風向きが変わったのは2008年頃からです。リーマン・ショックに端を発する金融危機は、出版業界にも大きな影響を与えました。論壇誌が次々になくなってしまったのです。これまでITジャーナリストとして雑誌に寄稿し、記事がある程度たまったら書籍にまとめる…というサイクルが出来ていました。

 雑誌がなくなることは、表現の場を失うだけでなく、収入源を失うことになります。どうしようか、真剣に考えました。そして、色々なことを試してみたのです。

 例えばメールマガジンの発行。今では多くの著名人がメルマガを発行していますが、当時はまだ珍しかった。トークイベントも前より積極的に引き受けたり、自分から企画したりするようにもなりました。

独立当初、継続的に書き続けるために「講演は収入の3割に抑えたほうがいい」と言われたものですが、環境の変化に適応することが大事だと思いました。

 書籍は、2008年頃までは年間5~6冊出していましたが、2009年以降は年1~2冊に絞り、その代わり本当に伝えたいこと、残しておきたいことを書くようにしています。

大きな挫折・失敗はしていない

前回お話した新聞記者時代の病気、そして出版業界で起きた構造変化などは、人によっては大きな挫折体験と位置付けるかもしれません。

 ただ、私自身はこうした経験を、挫折とか失敗とは捉えていないのです。病気を機に自分が長期的にやりたいことに向けて転職する決断ができました。雑誌がなくなっていくのは寂しいことでしたが、そういう中で仕事のスタイルを変えることができたのは、よかったと思っています。

取材して紙媒体に書く、企業向けに講演をする、自分が主体になってコミュニティを作る…こんな具合に、環境変化に応じて様々なことに挑戦してきました。起業の理論で「リーン・スタートアップ」というものがあります。シンプルに言うと、小さく始めて、仮説・検証を繰り返し、うまくいったものを育てていく、という考え方です。

私自身のキャリアを振り返ると、このリーン・スタートアップを実践してきたと思います。独立以来、事務所を持たず組織に所属せず、環境変化に適応しながら、仕事のやり方やクライアントも変わってきました。

仕事で新しい方向性を探っていると、登山の時に得意だったルートファインディングに似ていると思います。道がなくなっても、崖に登って見てみたり、木の生え方から稜線を推測したり、地図の等高線から判断したり。色んなことを試しながら、少しずつ進んでいくのが好きなのです。

今、仕事と私生活で試している新しい道は…

仕事でも私生活でも新しいことを試しています。仕事の方では、TABI LABOという新しいメディアの創業とマネジメントに関わっています。編集の実務やライティングは20代のスタッフが中心になって動いており、ここでは米国のメディアイノベーションを色々、実験しています。

 どういった記事がよく読まれるか、データも蓄積していて、広告と銘打った上で編集記事と同じようによく読まれる仕組みを作ることで、読者・クライアント双方にメリットを生み出しています。

 私生活の方では、三拠点生活を実践しています。4年前から東京都内の自宅兼事務所と軽井沢の二拠点生活をしてきたのに加え、この5月から福井にも拠点を作りました。人に会って刺激を受ける東京、じっくりものを考えたり、東京とは異なる人間関係を作ったりできる軽井沢・福井での生活を夫婦ともに楽しんでいます。ITに関わる仕事をしていると、流れてくる情報も多いので、気持ちが落ち着く場所を持つのは重要です。

テクノロジーと人間の接点、変化を見つめ続ける

テクノロジーについて書いたり話したりしていると、これからどうなるのか、というご質問を受けることがよくあります。大事なのは、変わることと変わらないことを見極めることだと思っています。

例えば「本が売れなくなった」という現象を持って「本は終わった」と考えるのは早計です。紙に文字を印刷して出版し、著者に印税を払って出版社という組織を維持する…というビジネスモデルは確かに崩壊しつつあると言えるでしょう。でも、記者や編集者のスキルは別の場で必要とされます。

 電子書籍が本をどう変えるか、という議論があります。こういう問題を考えるためには電子書籍の技術だけではなく、歴史的な視点が必要です。写本の時代と(1文字ずつ彫った文字が独立しているものを組み合わせて印刷する)活版印刷技術の時代が大きく違うのと同じくらい、紙の書籍と電子書籍の時代は違うことでしょう。

 私の関心はテクノロジーそのものというより、その変化が人間やコミュニケーションのありように与える影響の方にあります。これについては、次回詳しくお話したいと思います。

 

第4回につづく