佐々木俊尚さん 第4回:Making Decision

第4回:Making Decision

佐々木 俊尚(ささき・としなお)

作家・ジャーナリスト。

1961年兵庫県生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。 毎日新聞社、月刊アスキー編集部を経て2003年に独立し、IT・メディア分野を中心に取材・執筆している。「21世紀の自由論〜 『優しいリアリズム』の時代へ」「レイヤー化する世界」(いずれもNHK出版新書)「家めしこそ、最高のごちそうである。」(マガジンハウス)「キュレーションの時代」(ちくま新書)など著書多数。総務省情報通信白書編集委員。

仕事における意思決定は、修正いとわず

転職、独立…仕事では大きな変化を経験してきました。いちばん大事なのは、よく考えて意思決定するけれど、違ったかな、と思ったら修正をいとわないことです。どんどん、新しいことを試してみて、うまく行ったら続けるし、ダメだと思ったらやめる。自分で決めたことに固執しすぎないのが大事だと思います。

 私の本業は執筆ですが、それについても、最近、新たに決めたことがあります。それは、本を書くときの心構えについてです。かつて、論壇誌がたくさんあった頃、そこに寄稿した連載が本になったり、書下ろしもあったりで、月刊誌のようなペースで、たくさん本を書いたことがあります。この当時、本は私にとって表現の手段であり、生活の糧でもありました。

本を出す目的を意図的に「変えた」

ところが、前回もお話した通り、2008年から流れが大きく変わりました。リーマン・ショックに端を発する不況で出版業界も影響を受け、論壇誌が次々につぶれてしまったのです。単行本の売れ行きも、大きく下がりました。最近、話題になりましたが、芥川賞作家でも食べていくのが難しいと言われるようになりました。

 こうした環境の変化を受け、私は本を書く目的を変えました。「売るためではなく、自分の主張を書いて残しておくために本を書こう」という風に考えるようになったのです。つまり「今、何が読まれるか」という受け手目線ではなく「今、自分は何を書きたいのか」という書き手目線で、どんな本を書くか決めるようになったのです。

新しいテーマ「戦後神話の解体」に取り組む

最新刊『21世紀の自由論 「優しいリアリズム」の時代へ』(NHK出版新書)では、ITジャーナリストとしてこれまで培ったものを生かしつつ、新しいテーマに取り組みました。それは「戦後神話の解体」です。出版不況の時期に、少し時間ができたので、歴史や現代思想、哲学書をたくさん読み、そうした観点を入れて新しい社会のありようを考え、提案しています。

 「戦後神話」というのは、日本には欧米と同じように保守とリベラルが存在する、ということ。そして、長年続いた保守政権に対して、リベラル勢力が市民社会の視点から異議申し立てをしてきた、ということです。

 本に詳しく書きましたが、私は、日本には欧州のような政治哲学は存在しないし、日本における「リベラル勢力」は完全に崩壊しつつある、と認識しています。

 「リベラル」と言われてもピンとこない方もいるかもしれませんが、原発や集団的自衛権に反対する人たちと言うと、イメージがわくのではないでしょうか。彼・彼女たちの多くは、「リベラル」ではなく、単なる反体制です。何でも反対を唱える勢力になってしまっている。そこに論理的整合性も哲学もありません。

左も右も理念がなく、その主張は論理的ではない

ひとつ例を挙げますと、ノルウェーは2015年から女性にも徴兵制を敷くことにしました。ご存じの通り、ノルウェーは男女平等の先進国です。つまり 、リベラルと反戦は直接には関連がないわけです。

 日本の場合、「保守」にもジレンマがあります。まず、彼・彼女らが重視している伝統や歴史に、実はそれほどの根拠がないということ。例えば、江戸時代には核家族が4割、未婚男性の単身世帯も多かった、というのが事実ですから、保守が回帰したがる伝統的な家族は、実体がないのです。

また「親米保守」はアメリカと歩調を合わせますが、アメリカは本質的には、合理主義によって社会を進歩させるという発想です。歴史や伝統を重んじる保守主義とは相いれないはずなのです。

目指すべきは「優しいリアリズム」

では、どうすればいいのか。私が新刊の中で提唱したのは「優しいリアリズム」です。それは、冷静な現実認識に基づきつつ、共同体の中に人々を包摂していく優しさを持った、新しい考え方です。

 もう少し具体的に言いましょう。今の世界経済の現実を見ると、日本のリベラルが掲げる「反グローバリゼーション」は現実的ではありません。掛け声だけは勇ましいけれど、現実には国際経済の波に飲み込まれてしまうでしょう。また、ネット右翼のような極端な排外主義が人々を支える理念になりえないことも明らかです。

 メディア空間の中では、原発も集団的自衛権も全て反対の極端なリベラルと、在特会のような極端な右翼の存在感が強く見えるでしょう。でも、私は、その中間にいる、より穏健で良識的な意見を言う人たちが、たくさんいる、と考えています。現時点では、まだ明確な政治勢力になってはいませんけれども。

 世界経済や政治の現実を冷静に見つめながら、冷たい論理の中に「情」を持ち込もう、という考え方を提案したいのです。今の日本にはグローバリゼーションという究極の論理が押し寄せており「情」をどこで確保すればいいのか分からなくなっています。両者のバランスを取りながら、なるべく多くの人を排除せず包摂できる考え方、社会のありようが求められていると思います。

テクノロジーの発達で、人間の物の考え方、感じ方が変化しつつあります。誰もが当事者になりうる、テクノロジーの変化に注目していくことで、普遍性や理念に頼れない時代の優しいリアリズムが可能ではないか、と考えています。詳しくは、次回、お話することにしましょう。

第5回(最終回)につづく